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まなざし2014  

こんにちは、うみね娘です。
今日もご訪問有難うございます

最近、かつてのうみね娘と妹を思わせるとある姉妹を5年ぶりに撮影しております。

5年前、お姉ちゃんは7才、妹は5才、やんちゃ盛り、喧嘩盛り、かつてのうみね娘たちみたいにエネルギーの塊でした

これがその当時です

よければこちらもご覧ください。

45780037.jpg

現在は、お姉ちゃん12才、妹は10才。

DSC_5409.jpg

小学校高学年になってもお母さんの膝が大好きだったり、変わってないなと思う場面もありますが、

「わーっ」とか「ぎゃーーーーーっ!」

という場面は激減、こうやって写真を並べてみると嫌でも5年の歳月を感じさせられます

今はすっかり撮られなれているこの娘たち。
なのですぐ撮影にかかれますが、当時、うみね娘はいきなり撮るのではなく、しっかりとコミュニケーションをとるところから始めていました。

今ではすっかりうみね娘のことは、お友だちと思ってくれているみたいです

先日の撮影のあと、お母さまよりこんな嬉しいお言葉を頂戴しました。

「子どもたちが身内以外であんなにリラックスして過ごしているのは、うみね娘さんだけです。うみね娘さんの醸し出すオーラというか、周波数みたいなのがピッタリくるんでしょうね

あはは~、見た目も中味もお子様なので。

この日も一緒に人生ゲームを嗜みながら楽しく撮影

一番べべたでしたが”すごいお守り”カードをゲットし、蓋を開けたらうみね娘が一番の富豪に(ヤッター)

最近の人生ゲームって、

「ブログがヒットし書籍化される、$30000貰う」

なんていうコマがあるんですね

話が逸れましたが、、、

こんな風に日常の表情を残してあげられるっていいですよね

ピンときた方は、ご連絡くださいね

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category: ┣ 写真のおはなし

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Are you having fun?  

こんにちは、うみね娘です。
雨がしとしと降って肌寒いですが、、、

チャンス

と思って、雨が小止みになった瞬間を狙って庭の草ひきを少しやりました

さて、最近こんな本を読みました↓

IMG_6724.jpg

二度ほど立ち読みして、全部読みたくなったので買っちゃいました。

いわゆるギャルで、聖徳太子を<せいとくたこ>と読み、平安京を人だと思っていたような高校生の女の子、さやかちゃんが、著者である坪田先生に出会って開眼し、慶応大学へ合格するまでのすごいストーリー。

管理職として何人かの部下を導く立場だったうみね娘は、今でも人が成長するということに関してとても興味があります。

この本、慶応だから偉いとか、そういう話ではありませんのよ。

小学校4年生レベルの学力のさやかちゃんが、学ぶことの面白さに目覚め、本気で頑張って絶対無理だろうと思われていた壁を越えてしまう。

どうやって?

そこが知りたかったんです。

人は誉めて伸ばせ、よく言われることですが、それがなかなか難しい。

坪田先生は、なんとさやかちゃんの勉強の出来なさをうま~く誉めて!?、それがさやかちゃんはなんだか愉快で、ちょっと勉強すると世界が広がっていき始めるのが楽しくなり、こんなことならもっとちゃんと勉強しておけばよかったとさえ思います。

もちろん、楽しいことばかりでなく、壁にぶち当たったりするのですが。

そんなさやかちゃんが成功出来たのは、

素直さ
面白がって取り組めた


おかげかなと思いました。

そう言えば、うみね娘がアメリカに居た時、当時まだ20代だったホストマザーが、挨拶代りによくこんな風に訊いてきました。

"Are you having fun?"

アメリカでは、今を楽しんでいるかどうかはとっても大事なことなんだと常々言ってました。

”こんなことやって、なんになる?”
”くたびれ損じゃない?”
”元とれる?”


などなど、ご時世などもあってとかく現代では頭で考えて身動き出来なくなってしまうことも多々ありますよね。

私も、さやかちゃんを見倣い、色んな事を面白がって取り組めたらと思いま~す

尚、この本ですが、英語の攻略方法や部下をどう導いたら良いのかにも触れられていますので、受験に全く関係ない幅広い世代の方にもおススメですよ!

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category: ┣ うみね娘の本棚

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セールス電話撃退法  

こんにちは、うみね娘(うみねこ)です
ご訪問、有難うございます

ちょっとヘビーな内容が続いたので、今日は息の抜けるお話を。

皆さん、会社でお仕事されてたら、色んな電話がかかってきませんか?

もちろん、昼間家に居てもそうなんですが
うみね娘母は、そういう電話やセールス目的の訪問には必ず、

「今天ぷら中

と言ってシャットアウトしてました。

まさか、会社で「今天ぷら中」と言う訳にはいかないので、今日は私が実践していた撃退法を伝授しましょう。

平日の昼間、よくかかってくるのが先物かなにかのいかがわしい電話。

マニュアルでもあるのか、彼らは大概はカタカナの社名の後に、

「社長、お願いします」

と大胆不敵な指名をしてきます。

ま、社長と言ってもピンキリやと思いますが。

彼らの中では、

社長(もしくは偉いさん)= ええ鴨

なんでしょうね。

しかし、そんな電話を上司に取り次いで仕事の手を止める訳には参りません。← みょ~な使命感

そこで、うみね娘は考えました。

「あのう、、、私どもはドイツの企業でございまして、社長もドイツ人なのです。従いまして、ドイツ語しか話しませんが、それでもよろしければお取次ぎ致します。よろしいでしょうか?」

※ドイツ語というのがミソ。英語だと、今日日話せる人多いんで。

大概のセールスはここで

「うっ」

となってすごすごと退散してくれます。

しかし

中には優秀なセールスの方も2~3年に1人くらいいらっしゃって、

「では、日本語の出来る、社長の次に偉い人をお願いします」

と来る訳です。

今度はうみね娘が「うっ」となる番ですが、負けてられません。

「わ、わたくしでございます」

「・・・・・・・(絶対ウソやろという沈黙の後)では、弊社の○○を案内させてください」

あまりにも相手の反応が面白く、仕事が煮詰まった時などは、セールスの電話を待ち望んでいたうみね娘でございました。

ちなみに、当時の社長は本当にドイツ人でしたが、この方は京都大学院に留学し、卒業されるくらいスマートな方でしてかなりの日本語は理解されておりました。

よかったら、うみね娘式セールス電話の撃退法、試してみてね

「うち外資系ちゃうし」という方は、適当にアレンジしてみてください。

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category: ┣ お仕事です!

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あの頃、わたしは暗かった ~どん底からの抜け方 後篇~  

こんにちは、うみね娘です。
あの頃、わたしは暗かったとタイトルにつけながら、微塵の暗さもなかった前篇ですが、、、

そう、5年前のハナミズキがシーズンだった頃から、うみね娘の身辺に色んなことが起こりだしました。

始めはわからなかったのですが、当時おつきあいをしていた人が実は借金を抱えていたり

絶好調な売り上げとは裏腹に、圧倒的なマンパワー不足、加えて部下の長期に渡る休職。

当時の仕事上のパートナーは社長に就任するも、

「うみね娘ばかり贔屓しているのではないのか」

という周囲の目を必要以上に気にして贔屓どころか、とても冷たい態度をとられるようになり。

そういうやっかみからもしばしば攻撃を受けることも多くなり、だんだんと自分の居場所がなくなっていきました。

また、のちに手術をすることになる肩が痛みだしたのも、思えばこの頃でした。

「もうこれ以上、背負いきれないよぉ

って、からだも悲鳴を上げていたんでしょうね。

普段からしょうもない冗談や親父ギャグを連発するうみね娘でしたが、次第に、

「消えたい。。。」とか、
「今すぐいなくなりたい」


などと考えながら仕事をするようになってしまいました。

表面上は、それまで通りに振舞っていたので、こんなことを考えていたなんて、おそらく誰も気づいていなかったと思います。

今、しょうもない思いを実行したら、きっと、

「あの明るい人が。。。 信じられません」

とか言われるんやろなぁ、なんて考えたりして。

ですが、心理学も少し勉強し、部下のメンタルヘルスのために外部でセミナーを受講していたうみね娘は、これが「鬱病」の兆候であることも理解しており、無理にでも連続して休みをとらせてもらうことにしました。

心のエネルギーが枯渇していたんですよね。

そうして自分を休ませ、少し余裕が出来たその時、うみね娘の脳裏をこの春に見た可憐なピンクの花がよぎっていきました。

電気が走ったような瞬間、

「あっ、来年ハナミズキを撮ろうと思ってたんやった」

そう思い出したんですよね。

「アカンアカン、なんとしてでも来年の春まで生きて、あの花撮らな」

単純でしょうか?

でも人って、こんな小さな存在にも助けられるのですね。

あ、そう言えば。
つい最近、死に場所を求めて山に入ったのに松茸がそこここに生えていて、夢中で収穫し、目的自体を忘れて「お土産」を持って家に帰ったという人の話を聴きました

私がこの可憐な花に救われたように、今生き辛さを感じておられる方にも「いのち」や「うつくしさ」に出会うことが出来ますように、うみね娘はそう願います。

そして、この出来事の後に、美輪さんの歌に助けられたんですよね~ → 詳しくはこちらを

その後、春まで待てなかったうみね娘は、秋から撮影を開始し、翌年秋のグループ展にてハナミズキをテーマとした作品の第一弾を発表、更にその翌年、gallery wks. にて個展を開きました。

この個展は、実は一回目の肩の手術後すぐの頃、

「こんなんに負けてたらアカン」

と思い、ベッドの上からwks. のオーナーに「一年後に個展をやるので会場を抑えて欲しい」とメールを送って開催したものでした。

そらもぉ、リハビリ頑張りましたよ~
春にはカメラを持てるようになっていなくてはならなくなったんですからね

そのお話はまたいずれ

ハナミズキの作品 「春を 想う」はこちらでご覧いただけます。

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category: ┣ うみね娘取説

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あの頃、わたしは暗かった ~どん底からの抜け方 前篇~  

こんにちは、うみね娘です

すっかり春めいて参りましたね。

寒い間に体がなまってしまったうみね娘は、普段は車で行く買い物を、頑張って徒歩か自転車で行くことにしました。

時間はかかりますが、歩きか自転車だと、スピードが違うために目にする景色もまた違い、色んな発見があったりします

うみね娘の写真仲間 Kさん は、

「ある時、ふいに撮りたいものが降ってくることがある」

なんて言ってましたが、こんなスローな時間の中に出会いがあったりするものなのです。

そう、うみね娘が2回目の個展のテーマにした「ハナミズキ」に出会ったのも、5年前のこんな普段のゆったりとした時間の中でのことでした。

ハナミズキは、北アメリカ原産の白やピンクの花木で、桜の終わるちょうど今ぐらいの季節から芽吹きはじめ、連休が終わると同時ぐらいに花も終わります。 1912年にアメリカのワシントンDCへ桜を贈った際、1915年に返礼として日本へハナミズキが送られたのが始まりのようです。 原産国のアメリカでは、"dog tree" と呼ばれているようです。

街路樹でよく使われているし、歌や映画のテーマにもなったりしているので、ご存知の方も多いことでしょう。

うみね娘のかつての通勤路、駅前の目抜き通りにも植えられていたのですが、、、

そして、何年も、毎日毎日その前を通っていたのですが、、、

うみね娘はその存在に全く無関心でした

毎朝、ギリギリの時間に電車へ向かってその通りをドタバタと走り抜け、明るいうちに帰ってくることなどない生活だったので、街路樹に目をやる余裕がなかったんですよね。

そして5年前に、やっと、やっと可憐なお花の声をキャッチすることが出来ました

うっすらとしたピンクで、とても可愛らしく、燦々とした光の中で輝いて見えパチリと写真を撮らずにいられませんでした。

また、その存在に初めて気が付いたことにとても驚愕しました

もっと撮りたかったのですが、その時は行くところがあり、また脚立がなかったため(そう、うみね娘はチビなのです)、そのままその年のシーズンは終わってしまい、

「よしっ、来年は必ず撮るぞ」と胸に誓ったうみね娘なのでした。

IMG_7752.jpg

画像は、ハナミズキではなくミモザです。
この間、iPhoneで通りすがりに撮りました。

近寄ってみると、小さなぼんぼりのような花が連なってとても可愛らしいです

ですが、天気が悪かったり、出かける用事が重なったりしているうちに、旬が終わってしまいました。。。
もう既に茶色くなり始めています

来年の楽しみが出来たということで

この続きは次回に。

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category: ┣ うみね娘取説

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美輪さんの、すごい歌のちから  

皆さん、こんにちは~
気づいたらすっかり春、うみね娘の近所でも桜が満開です

先日、まだ肌寒い時期に5年ぶり三度目の美輪明宏さんの音楽会へ行って来ました。

美輪さんの音楽会は二部に分かれていて、半分は日本で歌い継がれる曲などを織り交ぜた邦楽で、残りはシャンソンなのですが、今回は前半は「平和」について、後半はおなじみのシャンソンでした。

プログラムが進むにつれドンドン元気に、お顔の色艶が良くなっていかれ、とても齢80歳を目前にした人とは思えないくらいの声量でしたよ

初めて美輪さんの音楽会を聴きに行ったのは遡ること2009年、まだうみね娘が会社員でバリバリの管理職だった頃です。

地元のホールに、オーラの泉でお馴染みの美輪さんが来ると知り、

こんなことってめったにないやん? 
この次いつ来はるかもわからんし、(失礼ながら)年齢的にもいつまで歌ってはるかわからんし

ということで張り切って、美輪さんに手が届きそうなくらいな前列中央の席を確保しました。

だけど、実はオーラの泉以外の美輪さんのことってほとんど知らなかったんですよね~

なので、よく知らない歌に退屈したり ← 罰当たりやわぁ

そうこうしているうちに、邦楽を中心とした第一部は進んでゆき、休憩前の最後の曲となりました。

なにやら、それは「花」という唄で、ものすごく浄化する力が強いとおっしゃるのです。

スピリチュアルカウンセラーの江原さん曰く、美輪さんがこの曲を歌った際、お客さんに憑いていたものが一斉に上がってゆき、会場が真っ白になったというのです。

また、あるホールでは赤く太い龍が昇天するのがステージから見え、終了後にホールの関係者に確認したところ、そのホールは沼地を埋め立てて建設されたものであることが判明し、当時なんらかの理由で、ホールをご祈祷してもらおうかと丁度話していたそうなのです。

その話を聴いても、まだうみね娘は、

「ふ~ん、そうなんや~」

ぐらいにしか思っていませんでした。

そして、唄がはじまり。

あの沖縄の唄でした。

泣きなぁさぁい~、笑いなぁさぁい~♪

というあの唄、そう、『花~すべての人の心に花を~』 です。

「なんだぁ、知ってる唄ですやん」

と思った瞬間、異変が。。。

自分の意思とは全く関係なく、両目から大粒の涙がボロボロと溢れてきたんですよ

「えっ、嘘やん、なんで泣いてるねんわたし~」

唄がヨイトマケならいざ知らず、泣くような内容の歌詞では決してありません。

前列中央の席で、嗚咽までもらして号泣

ひたすら周りの目が気になるのに、サビの部分になると、おなかの丹田のあたりからグ~っと込み上げて来て止まりません。 終いには、心のなかで「美輪さん、もう止めてぇ~」と叫び、耳を塞ぎたいくらいの気持ちに。

思えば、その頃は公私共にしんどい時期で、その少し前には軽い鬱を自覚していた私。

そのしんどい思いが、美輪さんの歌で浄化されたんだと思います

この話をすると、何人か似たような体験を教えてくれました。

やはり自分の意思や好き嫌いとは関係なく、ある写真の展示の前に立つと号泣された方。

バイオリニストである奥様の演奏を耳にすると、なぜか涙が止まらなくなるという男性。

アートには、鑑賞する側、また時には作り手の意思を超えたすごい力が宿っている。

そう教えてもらった出来事でした。

ハナミズキ

写真は本文とは関係ありません

ハナミズキシリーズです。
もうじき桜が終わる頃から連休にかけて楽しませてくれますね。

次は、この花を撮ることになったきっかけについてお話しをしたいと思いま~す

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